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芝生と共に半世紀 弊社の会長から芝生を愛する皆様へ

芝生の生産・管理・工事に半世紀携わってきた、プロのコラム
 482だより 2000年2月号

新年明けましておめでとうございます。

●オイルショックとバブル崩壊

私共、株式会社那須ナ-セリ-は、発足当初より社内に寒地型芝草研究所を設け、以来、ベントグラスを中心とした寒地型芝草を主力商品としてまいりました。当社は27年前の昭和48年にベントグラスのソッド生産販売でスタ-トいたしましたが、当時、ベントグラスソッドの生産販売は当社しか行っておらず、この市場は当社のほぼ独占状態でありました。

当社が創業した昭和48年というのは、例のオイルショックが起こった年で、世界中からガソリンをはじめとした燃料が瞬く間に消えてしまいました。それまでのゴルフ業界は、田中角栄首相の列島改造論に巻きこまれてのゴルフ場新設ラッシュが続き、非常に活況を呈していたのですが、このオイルショックを機にゴルフ場の新設に急ブレ-キがかかってしまいました。私共が深く関わる業界だけに、当社としては大変厳しい状況下での船出となったわけですが、この当時のグリ-ンキ-パ-の管理技術、とりわけベントグラスグリ-ンの管理技術が極めて未熟で幼稚なものだったためなのでしょう。当社のベントグラスソッド生産販売に対するオイルショックそのものの影響は割と少なかったように思います。

当時、私は井上誠一先生(著名なゴルフコースの設計家)と仕事上でのつながりがあり、この時、井上先生が「ゴルフ場の開発は終りだ」というようなことを話されていたのを覚えています。確かにゴルフ業界の低迷はその後も昭和53年頃まで続きましたが(この頃がオイルショック以降の不景気の底であったようです)、しかしその後、井上先生の予想に反し、再び景気は右肩上りに転じることになり、1990年のバブルに向って突き進むことになったのです。

その後の顛末は皆様もよくご存知の通りですが、今日の景気の低迷をオイルショック当時と比べますと、経済規模自体が違いますので程度の差までは分かりませんが、その低迷期間の長さについて言えば、遙かに今回の方が長く厳しいものになっております。しかも、景気が完全に立ち直る時期がいつかということになると、未だに悲観的にならざるを得ないのが実情です。ただ、先のオイルショックと今回のバブル崩壊の両方を経験して私がいえることは、「地道な努力を続ければ必ず報われる」という信念を持ち続ける以外に不況を生き抜く方策はないということです。

●不況期のゴルフ場管理

現在、ベントグラスをはじめとした寒地型芝草は非常な勢いで品種改良が行なわれており、それら一つ一つの特性を比較するには大変な労力を必要とします。これを無駄とは言いませんが、果たしてそうした努力をする必要性がどれ程あるのか、私には些かの疑問があります。

例えば、ペンクロスという40年以上も前に開発された品種と最新の品種とにどれだけの差があるかということも、それらの品種を完璧に管理できない管理者にとっては意味がありません。つまり、どんなに優れた新品種が出現しても、結局は管理技術がそれに伴わなければ意味がないということです。そして、今後のベントグラスの在り方を考えますと、最も優れた品種とは「管理費用を削っても良いタ-フを形成する品種」であるような気がします。

いずれにしても、これからのゴルフ場の管理については、あらゆる面で費用がかからず、しかも高品質なターフを維持できる品種を選ぶこと、そしてその品種に適した管理技術を習得し、向上させることが肝要であり、これがゴルフ場サバイバル競争の行方にも大きく影響するものと思われます。

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